曳山の歴史

出町の曳山の歴史は、天明年間(1781-89)にさかのぼることができます。その当時、曳山は町の繁栄のシンボルとして、それぞれの町の経済的な上昇期に造られました。 砺波地方の経済の一中心地として上昇してきた出町の人々にとって、曳山建造は悲願でもありました。

江戸期

1649(慶安2年) 杉木村二郎兵衛らによって杉木新町(出町)が成立する。(町立願書)
1789(天明9年) 西町に曳山が建造される。(鷹栖屋甚米兵衛の「諸道具夜具買入帳」より)
1830(天保年間)〜 水島村勝満寺住職が京都遊学後、出町の若者に浄瑠璃を広める。
1840(天保11年) 真光寺、真寿寺の釣鐘鋳直し祝いに、若衆が芝居をする。(五嶋家吉凶帳)
1849(嘉永2年) 井波(南砺市)番匠屋で、「杉木新町東町曳山欄間図」が製作される。
1856(安政3年) 13代加賀藩主前田斉泰が中納言に昇進したお祝いに、3町の曳山歌舞伎が上演される。(五嶋家吉凶帳)
1859(安政6年) 夏に蔓延したコロリ病(コレラ)が収まったことを祝って、9月下旬4日間歌舞伎曳山が出される。(五嶋家吉凶帳)
1865(慶応年間)〜 西町曳山の芝居舞台が改修される。彫刻は番匠屋田村与八郎による。
1868(慶応4年)〜 中町曳山の芝居舞台が改修される。(中町曳山部材墨書より)

明治・大正期

1888(明治21年) 西町はこの年まで人形浄瑠璃が行われていた。
1900(明治33年) 東砺波郡工業品評会を記念して曳山が出される。
東曳山が大火により焼失する。
1908(明治41年) 永安軒に出町浄瑠璃の名人たちを顕彰するための石碑が建立される。
1916(大正5年) 西町曳山で人形芝居が行われる。(翌年も)
1919(大正8年) 東曳山の台部が完成し、この年から仮舞台での上演が始まる。
1923(大正12年) 中町曳山の台部が改造される。
1924(大正13年) 水道竣工式を記念して曳山が出される。

昭和期

1933(昭和8年) 招魂堂落慶を記念して曳山が出される。
1936(昭和11年) 東曳山が完成する。
1941(昭和16年) 太平洋戦争勃発。終戦まで曳山が中止される。
1946(昭和21年) 曳山祭りが復活する。
1954(昭和29年) 砺波市が誕生し、出町駅が砺波駅に改称される。
1960(昭和35年) 子供歌舞伎曳山車保存会が結成される。
1965(昭和40年) 曳山車保存会から砺波子供歌舞伎曳山振興会に改組される。
1967(昭和42年) 砺波市無形民俗文化財に指定される。
1969(昭和44年) 永安軒で文楽功労者法要が始まる。(毎年5月5日)
当番町1町だけの執行体制となる。
1970(昭和45年) 5月4日、東曳山が初めて曳山をチューリップフェア会場へ曳き入れ、NHK「万博と結ぶ特別番組」協賛出演で、「奥州安達ケ原環宮明御殿の場」を演じる。
1983(昭和58年) 富山県置県100年大曳山祭りに出演する。
1985(昭和60年) 全国子供民俗芸能フェスティバルに参加する。(奈良文化センター)
曳山振興会が北日本新聞芸術選奨を受賞する。
1988(昭和63年) 曳山振興会が富山新聞芸術賞を受賞する。
曳山200年祭が行われ、20年ぶりに3町が競演する。

平成期

1994(平成6年) 富山県無形民俗文化財に指定される。
1996(平成8年) 国民文化祭で、出町・小松・長浜の子供歌舞伎が競演する。(砺波市文化会館)
1998(平成10年) 3基の曳山の修理事業が始まる。(平成の大修理〜平成16年まで)
2000(平成12年) 曳山祭りが「とやま音のある風景百選に選ばれる。
全国子供歌舞伎フェスティバルに出演する。(小松市民会館)
2001(平成13年) 曳山振興会が富山県教育功労表彰を受ける。
2004(平成16年) 曳山振興会が北日本新聞地域社会賞を受賞する。
2005(平成17年) 民俗芸能大会に参加する。(国立文楽劇場・大阪)
2006(平成18年) 曳山振興会が富山県功労表彰を受ける。
2007(平成19年) 曳山祭りが「とやまの祭り百選」に選ばれる。
2009(平成21年) 砺波市出町子供歌舞伎曳山会館が開館する。
砺波子供歌舞伎曳山振興会が「文化功労表彰・文部科学大臣表彰」を受ける。